<8枚玉狂想曲、その7>

 ウルサいカズアキ君であったが、賢明な読者は彼の意見の中の正論にも気が付いたであろう。

 天下の山崎さん、手磨き、というブランド品のこのレンズ。
 なんだか価値が上がったような気がする。

 しかしである。そこにもひとつ、ライカの罠がある。

 このレンズ、「再・研・磨」されているのだ。

 オリジナルの、レンズが、ほんの一皮、はがされているのだ。

 オリジナルと、オリジナルを再研磨したものと、どちらがいいのか???

 これは難しい質問だ。キズなどで状態が悪くなったレンズに比べれば、再研磨されたレンズは息を吹き返したかのように光を放つだろう。さらに再コートなどされた日には、オリジナルの時には見せ得なかったようなコントラストの捕らえ方をアピールしてくれるかもしれない。

 そう。かもしれない。

 でもね、僕のズマロン。あの青コート。絶対に再コートじゃなかった。あれは40年以上もブルーの光を反射しつづけてきた、オリジナルのコーティング。160万番台から170万番台ぐらいのズマロンにみられた、ほんとうに澄んだ、でも強い青の特別なコーティング。

 僕の174万番台の8枚玉からは、オリジナルにはあったであろうコーティングの魔力も剥がされていた。このレンズ、磨いてもらったものの、再コートはされていなかった。仮に再コートされていたとしても、それは現代のコーティングだ。

 研磨された、ということは、レンズの厚みもオリジナルとは違うはず。写りに影響するリスクは非常に少ないと人は言う。でも、それは決して、オリジナルにはもどらない処理だったのだ。

 撮影を重ねるうちに、その、フトコロ奥深くに居たウルサイ僕は、しだいに輝きを放ってきた。さらに時が経ち、8枚玉の使用頻度が減ってきてからはなおさらだった。この8枚玉ではない、さらに輝く8枚玉へのあこがれが膨らんでいった。

 そう、次に待っている8枚玉とは、オリジナルの輝き。40年以上も光を選り分け、協力的な光の透過率を上げる努力をしてきたあの頃のコーティング、、、、

 
 あのズマロンの、透き通ってなお強い、ブルーのコーティングのことが頭に蘇る


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