<シャッターを押せる時 沈胴ズミクロン50mm>
ヘキサーに始まり、僕は何種類のレンズを使ってきたのだろう。
なぜ僕は、こんなに多くのレンズを試し、さらに違う表現を望んできたのだろう。
写真は道具に頼った表現だ。道具がないと何も出来ない。
でも、 いや、 道具だけでは何も出来ない。
「シャッターを押すだけじゃないか、」という人もいるかもしれない。
シャッターを押す。露出はカメラがあわせてくれる。フィルムはとんでもなく高性能のヤツが数百円で売っている。現像もカンタンだ。ネガなら30分でプリントしてくれる。それだけじゃないか。
写真を撮れば撮るほど、身に染みて感じることがある。「僕にシャッターを押させてくれ」という強い願い。
迷いがある。シャッターを押せない。それは光景に力いっぱい感動できないとき、目の前の人に素直になれない時。
感動できないと、シャッターは押せないのだ。なんて残酷な判決だろう。
レンズを求め、ボディを求めることは、この「シャッターを押させてくれ!」という強い感情の裏返しだ。信頼できるレンズで、手に馴染むボディで、目の前の光景は間違えなく人を感動させる。共感させる。そう思うとシャッターを押す勇気が湧いてくる。自信が、感動を確信させ、シャッターを押させる。

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